新型コロナウィルスショックの影響で、身体症状としての感染危惧以外にさまざまな弊害が出てきています。生活習慣、働き方、経済、予定変更、家族や友人知人との交流、etc 概ね不都合、不便さが目立ちますが、やんごとなき事態の影響をプラスに活かしている動きもあります。最近ニュースで取り上げられた手作りマスクなど、創造的で工夫の要素があり、ほっこりするゆとりが感じられます。
昨今、周りでお聞きするポジティブな現象として、
「自宅やリモートワークの体制になったので、時間や生活スタイルにゆとりができた」
「学校、レッスン、行事が取りやめ・休校になって、家の片付けをしている」
「ミーティングや訪問などの仕事が省かれて、結果的にゆっくり仕事ができる」
「実は、億劫だった人づきあいを断れる」
ゆとりがうまれた分、やりたいことや新しいことをやろうと思ったときに、そううまく運ばない事態があります。
「ジムでトレーニングしたいけど、ジムが急にクローズした(又は行くのは心配!)」
「家でゆっくりしたいが、子供たちがいて落ちつかない」
「ペットをあずけて旅行したかったのに、諸事情により無理、取りやめ。」
ほかにも、コロナショックあるあるが、みなさまの周りにあるでしょう。
概ねこの時期にセラピーにいらっしゃるクライアントさんは、ご自分自身のテーマや課題・問題に目を向けていらっしゃる傾向が強いです。
余談ですが、世間の災い時に、セラピーやカウンセリングにいらっしゃる方々にとって、ご自分の直面している問題のほうが遥かに深刻です。そろそろソノ日( 3.11)が近づいておりますが、東日本大震災の翌々日や、余震が相当強い時期にもご相談にいらした方々は、人生の中で滅多にないであろう(震災以外の)問題を抱えていらっしゃいました。結構、ゆーれ揺れ〜る事務所の中でのセッションでしたが、あまり揺れに反応されないのも特徴です。しみじみ、体験は感じ方・受け止め方に意味があるのだと納得しました。セッション中はクライアントに同調しているものですから、私も揺れに愚鈍でした(笑)。
もとへ。
目下、早春デトックスセラピーのセッションで、日頃というより人生レベルでのデトックスにいらっしゃる方がちらほら。
お母様がステージ4の病状にあり、冷静に受け止めながら過ごしつつも、家族との関わりやご自分自身のことでデトックスしたいとおっしゃるKさん。「健康・美容」「仕事・働き方」「家族(お母様)」のテーマでデトックスのワークを進めていくと、見事にたった一つの課題にまとまりました。
それは「片付け」
自宅、職場、実家、いずれも要・デトックスの場面は「散らかっている」「汚い」「やろうと思っても体が動かない」といった具合です。特に家族や別所帯であっても近しい身内に病気のエネルギーがあると、やはり重たくなりがちです。思うように動きにくいです。しかし、そういうときほど、片付けは病気に対しても、周りの家族にとってもとても大切になります。不要なものが多いほど、重苦しくなり、息詰まります。
Kさん「ちょうど新型コロナの影響でできない仕事があり、時間のゆとりがあるのでこの間に職場の書類やデスクの私物を片付けます」
不要な書類(紙)が多いと新しい情報や重要なニュースが入って来にくいですし、本来関係のない私物(不要なもの)が身近にあると、不要なことをやるハメになります。
ワークの中では、デトックスしてスッキリした様子をフューチャーペーシングで体験します(近い未来の可能性を知る)。
Kさん「周りのおしゃべりの中から大切な話や、自分がちょうど知りたいと思っていることがよく聞こえてくるようになっています!」
風通しがよくなったようですね。
これはダジャレなのか、片付けや断捨離系の話にからめて耳にしますが、片付けることは「人生のカタがつく」「カタをつけようと思っていることが片付く」と解釈できます。一方、きれいにする目的のお掃除は浄化や清めるという働きになります。後者は精神修養や修行として肝要なものです。前者の片付けは、(修行系でない)一般人どなたでも人生のどこかしらで無意識、意識的に行っているでしょう。引越し、異動、卒業、結婚/離婚、終活、家族の他界、などは片付けが伴います。
精神的な片付け、掃除(浄化)、デトックスは、もちろん、物理的・身体的なそれらと密接です。体が重たくで動けないときは、体の代謝も氣(エネルギー)の流れも滞っています。物が捨てられないときは、精神的に執着・こだわっていることがあります。
「まだ使える物だし、また使うときがくるかもしれない」という理由で不要なものを仕舞いこむような片付けは、精神的・感情的に置き換えると、「過去の思い出やエピソードは、この先も何かの役に立つかもしれない」「過去を(そのまま)この先にも活用するかもしれない」という無意識のロジックが働いています。過去をそのままこの先にも使うことは出来ません(笑)リサイクルしようがないものを、リサイクルできるものだと勘違いや錯覚している可能性が高いのです。そして、リサイクルすることは大事だと、そもそもリサイクル不可能なものに対して当てはめてしまっているようです。
撮影関係の仕事をしているNさんは、年齢の節目を意識し、いわゆる断捨離をしているとのこと。片付け本や情報や動画などをもとに、だいぶ身辺が片付いているそうです。しかし、物なのに片付けられないもどかしさがある思い出を伴った物に悩んでしまい、何か精神的にリンクしていると考えデトックスにいらっしゃいました。
Nさん「仕事関係の昔の写真も若干当てはまるかな。とにかく個人的な写真、家族や思い出の写真を思い切って整理しているんですが、ものすごく、捨てられない!いらないはずの写真は山のようにある。何かにこだわってるんだろうなぁ、とわかっているんだけど、そこが難しいのよね、何か根深いものがある気がするんで、そのへんをデトックスしたらどうかと思うんですよ」
今は画像、データですが、確かにプリントした写真やアルバムに貼ってあるものは、整理しようとすると大変ですね。
Nさんのデトックスの肝、そもそも引っかかっていることが何か?
デトックスセラピーではあえて(私が)リーディングせず、ご自身で発見していただくために、言葉や道具や空間などを使って誘導します。
Nさん「ん?なんだ、なんだ・・・宮沢賢治の〈注文の多い料理店〉の話に出てくるような森の中の家があって、キツネと狸に招かれてる・・・そのまま家の奥に連れていかれる・・・なんだかシュールだなぁ。あのお話だと旅人を食っちゃおうとするんだもんね・・・そのままついて行っていくと・・・胎内みたい、たぶん母親の胎内、生まれる前らしい」
このままNさんの体験に質問しながら、状況を引き出していきました。すると、
胎内に戻るイメージの体験は、捨てられず片付けられない写真を片付けると「生まれる前に戻っちゃう」という意味。死ぬのではなく、戻ってしまう。すると、人生の苦労や乗り越えてきた経験を、人生の醍醐味(だいごみ)としてきたNさんにとっては、それらが大ゴミ(だいごみ)になっちゃうかもね。
自分に化かされていることを示すかのように、潜在意識は、おそらくキツネと狸を登場させたのかもしれません。
Nさんは、明るくポジティブで思慮の深い方ですが、一方では苦労や大変な時期を乗り越え昇華し、今の充実感や成功がある、というタイプです。ふつうに聞いたら立派なパーソナルヒストリーですし、実もお有りです。
しかし、Nさん自身がそろそろそのヒストリーの上に生きてきたことを、手放す、自由になるタイミングであることに気づくのがデトックスポイントなのでしょう。そのポイントを自覚されたとき、古い写真であれ、かつては大事であったものを持ち続けるような生き方や人生観は不要になるはずです。
すると、苦労や要らないものを眺めるよりも、本質的に大切なもの、一緒に関わりたいものを主軸に生きるよう人生がシフトするでしょう。
Nさん「結局、デトックスというけど、デトックスするものに意識を向けているようじゃダメよね(笑)今もこれからも見ていたい特別な写真を選んで、あとは要らない!」
ご名答です!
Nさん「魂感じる(霊魂が写ってるわけじゃなくー笑)のだけにしますわぁ」
先のKさんやNさんに限らず、片付けの実利と実質的なパワーは壮大です。
● むやみな恐れや怖さがなくなります。不要なものが邪魔をして、大事なこと、要点が見えなくなるとあれこれと怖くなりますし、怖いわりにどうでもいい事をやるか、じっと怖いままでい続けます。
● 文字通り足の踏み場がないほど散らかっていると、不安定になり、地に足がつきません。仕事や生業が疎かになったり、やるべき仕事や働きを怠けてしまいます。その人が本来やるべきこと(義務としてではなく)をやっていない時期が長くなると、だんだん自信もなくなっていきます。
● 片付けで物理的にも、比喩的にも見通しがよくなります。
● 空気や風通しがよくなります。恐れは気が滞り、暗く狭い意識に起こり、やがて闇を呼び込みます。換気は大切な基本ですね(風邪もウィルスも!)
● 片付けても思ったほど自分が変わっていないという方は、Nさんの言うとおり、デトックス(片付け)するほうに意識が集中するでなく、片付けた先のあり方、ポリシー、暮らし方等に注目するとよいでしょう。
というわけで、新型コロナウィルスショックの期間に、ご自分なりの片付けるテーマを見つけて実践されると、“平和”が戻ってくる頃にご自分の見えることが一目瞭然でしょう。