サイキックアタックは、ネガティブなエネルギーや他者からの悪影響を受けていると感じることです。
それが言動や態度に表れたり、物理的な攻撃に及んだりする場合は、サイキックの域を出ています。
ただ、強いサイキックアタックには、物事を動かすほどの、洗脳的な影響力もあります。
それには、アタックそのものや「アタックを受けているかもしれない」という恐れや警戒心が、点と点をつなげて創造する現実も含まれる可能性があります。
最近は霊的な領域だけでなく、対人関係やグループでの付き合いなどでも、「嫌な気を送られている」「ネガティブなエネルギーを周囲に発している」という不快感や嫌悪感を抱き、「サイキックアタックを受けている」とおっしゃる方が少なくありません。
そのとき、誰がアタックを送っているのか、目星がついているのも特徴です。
また、状況が変わっても、「私はサイキックアタックを受けやすい」という方もいます。
すると、どう回避すればいいのか、どう自分をエネルギー的に守ればいいのか、不安になります。
このような感覚を言語化して誰かに伝えても、なかなか真意が伝わらず、聞き手が少し違和感を抱くこともあります。なぜなら、それは「感覚」だからです。
私自身は、セラピーのセッションに関係する場以外で、「サイキックアタックを受けています」という人がいたら、愛のエネルギーを送って、立ち去るでしょう(笑)
半分冗談で、半分ホントのことですが、幸い、日常ではあまりそういう方に出会いませんね。
サイキックアタックの渦中にいて、被害者の立ち位置にいる方は、自分のエネルギーが「アタックを引き受けること」を肯定していることに気づいていません。アタックを受ける理由がわからないし、薄々わかったとしても、それは相手側の理不尽な道理です。
なぜ、エネルギー的ないじめや攻撃に遭わなければいけないのか、辻褄が合いません。
アタックをしていると思しき相手との間に直接的な理由がなくても、アタックを受ける素養がある、ということです。仮に、あからさまなトラブルになる出来事があったとしても、それによってあなたがアタックの被害者になる必要はないかもしれません。
ご自身で内観ができる方は、ぜひ「なぜ、サイキックアタックを引き受ける必要があるのか?」を探ってみてください。ピュアな応えが出てくるでしょう。
ただし、これは正解というものではなく、気づきのような応えです。「あぁ、そうか」と気づいたら、サッと手放すほうが賢明です。
サイキックアタックは、強い気や想念に関係しています。
多くの人が、何らかのこだわりや執着、手放しにくいものを持っているかもしれません。ふだんはおおらかに融通を利かせていても、ある種のことには融通が利かず、とらわれて身動きが取れなくなることはあるでしょうか。
生き様や生き方の土台となる部分で、何らかのエピソードや思想、信念などにしがみついていると、サイキックアタックに気を取られやすくなるようです。
こうしたしがみつきは、なかなか自分では気づきにくいものです。他人からすれば些細なことで、驚くような内容ではないかもしれません。ただ、実はそれが、あなたのかなりの部分を不自由にしているのです。
エピソードや信念のディテールは、ケースバイケースです。
大まかに見ると、許しがたい、認めがたい何かや誰かがある。
「自分、あるいは自分の人生は、もっとこうあるべきなのに」、うまくいかなかった、思うとおりになっていない。そうしたエネルギーを抱えていることが多いようです。そのことについて、誰かや状況を否定しつつ、自分自身に対しても納得しきれないものを抱えています。
内容が何であれ、「どうしようもない」「どうにもできなかった」という無念や憤りが、コメディや達観などに昇華されないときに発生するパワーでもあります。
今月は「サイキック・プロテクション」のセッションを行っていますが、必ずしもサイキック系とはいえないようなものから守りたい、というご要望もあります。
クライアントのAさんは、
「(マンションの)上階からのサイキックアタックがすごくて、ドンドンとか、軋むような気味の悪い音がして、困っています。引っ越しも考えているぐらいです」
と、お悩みでした。
上階の住人の風貌から、いかがわしさも感じていらっしゃるとのこと。
たしかに、プロテクションの対象は、個人によってだけでなく、所属するコミュニティや社会の価値観によっても変わります。例えば、災害や犯罪、昨今では情報漏洩でしょうか。
人々の執着やこだわりに関わるところには、不安定さもあります。それが安全に生き抜こうとする形を取ると、一部のアタッカーにとっては、ある種の自然の原理として、破壊の対象になります。大きく見れば、その破壊も発展や進化のためのプロセスです。
霊的、エネルギー的な対象に限らず、例えば、加害者と被害者、善と悪の構図に見えるものも、一歩引いて達観してみると、どのような思想や価値観、信念が関係しているのか、興味深いものです。
先のAさんの場合、「煩わしいことに巻き込まれたら、安心して暮らせない」という信念に関わるエピソードや、その他諸々のことが、警戒心を高めていたようです。繊細な筋書きではありますが、ご自身が煩わしさを感じながら生きる可能性を、無意識に承認していらしたのかもしれません。
サイキックアタック系の話は、大枠にはある程度のパターンがありますが、ディテールは人それぞれです。
アタックを受けやすい方、アタックをしやすい方にとって、何かご参考になれば幸いです。





















