「ラグ」とは、ずれや遅れなどを意味する言葉です。
私たちの時間感覚、あるいは時間知覚が一定ではないことは、日頃から感覚的に経験しているのではないでしょうか。
現代では、時間が経つのが速くなったと感じる人のほうが多いかもしれません。一日のなかでも、時計が示す時間は一定の速度で進んでいますが、私たちの体感時間まで同じペースで進んでいるわけではありません。時計で確認しなければ、自分の経験や行動がどれくらいの時間を要したのか、正確には捉えにくいものです。
タイムトラベルセラピーをはじめ、時間軸を用いるセラピーやコーチングのスキルでは、あえてこの時間感覚のラグを利用し、悩みや問題に対する認識を変えていくことがあります。
一方、日常生活や比較的長い年月のなかでは、時間感覚のラグによって起こる現象や感情に、私たちはなかなか気づきません。
「相手の心が変わってしまった」
「以前はこうだったのに、最近はすっかり違ってしまった」
「自分だけが周りから取り残されている」
「前は好きだったものが、今は苦手になった」
このような変化にも、時間感覚のラグが影響していることがあります。
私たちが扱っている時間感覚は一つではありません。自分である程度調整できるものもあれば、脳や身体が自動的に働かせているものもあります。さらに、一個人の時間感覚だけでなく、社会の集合意識や、暮らしている地域、交流する場などから強く影響を受ける時間感覚もあるでしょう。
時間の感覚にラグが生じることや、その影響を受けること自体は、その人の過ごし方や関わっている物事、あり方に自然に呼応しているともいえます。
ただし、自分に無理をさせるような時間感覚が長く続くと、ふとしたときに、自分らしさを見失ったような思いを抱く人もいます。
「子どもが孫を連れて遊びに来てくれるのは嬉しいけれど、なんだかとても疲れる」
そうおっしゃるシニア世代の方は少なくありませんね。
その理由に気づいている方も意外に多く、
「やはり、生活のペースが違うでしょう。日帰りならよいけど、夏休みに何日か泊まっていかれると、帰ったあとにホッとします……」
というお声を聞くことがあります。
世代が違えば、扱っている「時間」や生活のリズムも異なります。
ちなみに、人間には、時間の情報を直接受け取るための専用の感覚器官がありません。その代わりに、脳や身体のさまざまな仕組みを用いて、異なる時間スケールを捉えていると考えられています。
大きく分けると、次のような時間の捉え方があります。
音を聞き分ける、リズムを取る、運動のタイミングを合わせるなど、日常の動作や言語処理に使われる、ミリ秒単位の非常に短い時間。
現在進行形の「今」を、数秒ほどのまとまりとして捉える「知覚的現在」。
約24時間周期で、睡眠や覚醒、体温などの身体機能に関わる「サーカディアンリズム」。
そして、記憶を通して過去を振り返ったり、これから起こることを思い描いたりする、過去から未来にわたる長期的な時間感覚です。
このように、私たちはさまざまな仕組みを通して時間を捉えています。さらに、感情の状態や、体験した出来事の密度などによって、体感時間は伸びたり縮んだりします。そこには、思い違いや錯覚も含まれるでしょう。
クライアントさんが気にされている悩みや課題のなかには、直接的な対処法を考えられるものだけでなく、時間感覚が深く関係しているものがあります。
時間感覚が関係する悩みには、クライアントさんが語る出来事や思いのなかで、時間が曖昧に揺れているという特徴が感じられます。
時間が曖昧に揺れているケースでは、出来事やご本人の考えが最近のものなのか、何年も前のものなのか、時間軸の捉えどころが難しくなります。
つい最近の出来事について話しているように思えたものが、実際には何十年も前の経験だった、ということもあります。そして、その当時の出来事について、最近になって「自分はこう思っている」と感じているのです。
ご本人の無意識のなかでは、歳月の経過そのものがあまり意味を持っておらず、「その出来事について今も思うこと」が、そのまま現在の悩みや問題として提起されています。
あるクライアントさんは、このようにお話しになりました。
「最近は、人を家に招いたり、長く一緒にいたりすると疲れてしまうんです。以前は、人が泊まりに来ても普通に楽しく過ごせたのですが。また、そういう自分に戻れますか? やはり、人と仲良くできるのはよいことだと思うので」
具体的にいつ頃からそう感じているのかを尋ねると、「もう10年くらいになる」とのことでした。
ただ、お話を聞いた限りでは、エネルギー的には、ここ1、2年ほどのことのように感じられました。
人間関係の距離感や関わり方についてのご相談はよくあります。そして、そこにはケースごとに異なる事情があります。
このクライアントさんの場合、ご自身が思っている以上に時間が錯綜しており、異なる時間感覚のなかで起こった出来事を整理できていないことが、課題の背景にあるようでした。
10年ほど前から感じ始めたという、「人と一緒にいると疲れる」「人を家に招くことに違和感を覚える」という状態には、実際には、それよりも前、たとえば15年から20年ほど前に起こった出来事が関係している可能性がありました。
自分自身の経験だけでなく、世の中の変化や文化の違い、家庭環境の変化、子どもたちの成長など、さまざまなことが重なり、現在の感覚につながっていると考えられます。
しかし、ご本人のなかでは、そうした時間の経過が抜け落ちてしまったかのように、すべてが最近起こっていることとして捉えられていました。
リーディングをしてみると、他者との関わりについては、
「そのままでいい」
という言葉が浮かびました。
そのように感じていることを、無理に変える必要はない…それ自体が、解決しなければならない課題でもないということです。
いったん、今の自分の状態を否定せず、変えようともせず、あるがままの場所にとどまってみる。そのことによって、このように実情が少しずつ紐解かれていきます。
この先、人と交流する形は変わっていくかもしれません。
しかし、それは「過去の自分が望んでいた形」に戻るというより、まだ実際には経験したことのない、あるいは、まだ感じたことのない新しい価値観によって、人との交流が広がっていくプロセスにあるのだろう。
そのような印象を受けました。
参照:
Timing and time perception: A selective review and commentary on recent reviews
Human thermal perception and time of day: A review
Circadian fluctuation of time perception in healthy human subjects
Human time production under constant routine
Wikipedia “Circadian rhythm”, “Time perception”
















