「サードアイ」と「内なる目」は、スピリチュアルな文脈では、ほとんど同じ意味で使われています。誘導瞑想やヨガの哲学に由来する話のなかで、耳にすることが多い言葉です。
みなさまは、この二つを使い分けているでしょうか。
私も誘導の際には、ほぼ同じ意味合いで使っています。チャクラを意識するときには「サードアイチャクラ(第六チャクラ)」、内観のなかでイメージを視るときには「内なる目で視る」という具合です。
一般的には、そのような捉え方で問題ないでしょう。
どちらも、物質を見ることに慣れた肉眼では捉えにくいものを感じ取り、その奥にある真実を見抜く力や、直感力を象徴する言葉です。
ただし、エネルギーの構造や知覚の段階を細かく区別する考え方では、サードアイと内なる目を、異なる働きとして捉えることがあります。
「サイキック・トラベル」のセッションで、Aさんが次のようにおっしゃいました。
「イメージがはっきり見えなくても、“サイキックの目では視えている”と言われます。それでも、いつかは、はっきり見えるようになるのでしょうか?」
Aさんは、映像やイメージを鮮明に視ることにこだわっていました。その違いが、生まれ持った体質や気質によるものなのか、それとも、練習によって伸ばせる能力なのかが気になっていたのです。
通常のグループ誘導では、人によって得意な知覚の仕方が異なるため、見え方の違いをあまり気にしないようにお伝えしています。
しかし、Aさんの場合は、ご自身のなかで、何か大切なことが引っかかっているようでした。
結果として、そのセッションは、Aさんがご自身のサードアイチャクラと内なる目の働きの違いに気づく機会となりました。
Dr.マーガレット・ロジャース・ヴァンクープス(Dr. Margaret Rogers Van Coops)の考え方を手がかりに、ここでは両者の違いを、次のように整理してみましょう。
サードアイチャクラ:スピリチュアルな情報を受け取る「アンテナ・門・玄関」
内なる目:受け取った情報を映し出す「高解像度モニター・知覚のスクリーン」
サードアイチャクラ(第六チャクラ)は、眉間のあたりに位置するとされるエネルギーのセンターです。
スピリチュアルな考え方では、このチャクラが活性化すると、高次のエネルギーや直感、ビジョン、霊的な情報を受け取りやすくなるとされています。
ただし、これは、たとえるなら「アンテナが立っている」「情報の入ってくるドアが開いている」という段階です。
スピリチュアルな情報に自然と関心が向いたり、SNSや動画などで関連する情報を見つけやすかったりすることも、サードアイチャクラの働きと関係しているのかもしれません。
一方、内なる目(インナー・アイ)は、サードアイという門を通ってきたエネルギーや情報を、意識のなかで処理し、映像や感覚として知覚する働きを指します。あるいは、それらを映し出すスクリーンそのもの、といってもよいでしょう。
サードアイが開いて情報が入ってきても、それを映す内なる目のスクリーンが曇っていたり、ピントが合っていなかったりすることがあります。
これが、「サードアイは開いているのに、内なる目を十分に使えていない」という状態です。
内なる目がクリアになると、単に「なんとなくイメージが浮かぶ」「ぼんやりと平面的なものが見える」という段階から、奥行きや質感を伴う、より立体的な知覚へ変化していくと考えられています。
エネルギーの形や色を、あたかも目の前にあるもののように感じることもあります。そこに音や匂いなどが加わる場合は、内なる「耳」や、ほかの感覚も一緒に働いているのでしょう。
ここでいう「立体的」「3D」という表現は、肉眼による通常の立体視ではなく、内的な体験の鮮明さや奥行きを表すものです。
では、なぜサードアイが開いていても、内なる目を十分に使えないことがあるのでしょうか。
マーガレット氏は、内なる目をクリアにし、受け取ったエネルギーを正しく知覚していくプロセスを重視しています。
Aさんの場合は、「きっと、こう見えるはずだ」という思い込みや判断が働くと、内なる目のスクリーンに歪みが生じ、受け取ったものよりも、自分で作った平面的なイメージのほうが強くなっていたようです。
一方で、その「想定する力」は、日常生活では、Aさんが自分の思考のバランスを取るために役立っていることもわかりました。同じ働きにも、妨げになる面と、支えになる面の両方があったのです。
また、チャクラというエネルギーの入口が開いていても、受け取ったものを身体感覚や知覚として捉える訓練や習慣がなければ、立体的でリアルな感覚として認識することは難しいのかもしれません。
近年は、サードアイで何かを感じ取ることのできるクライアントさんが増えているように思います。
しかし、そこに感情や思い込み、疑い、恐れなどが影響すると、受け取った情報が歪められ、「問題がある」「困ったことが起こる」「悩ましい」「ストレスを感じる」といった経験へ変換されてしまうことがあります。そのようなケースは、決して珍しくありません。
サードアイと内なる目は、肉体の状態とも連動しています。良質な睡眠、栄養、適度な運動、気分転換などは、これらが健全に働くための助けになります。
反対に、サードアイや内なる目の調子がよくないときには、その影響が心身の状態や、現実での経験にも少なからず現れます。
エネルギーだけ、肉体だけと分けるのではなく、双方からケアし、必要に応じてクリアリングや活性化を行うことが大切だと感じます。
ちなみに、スピリチュアルな分野に限らなければ、サードアイで受け取り、内なる目で捉えるような働きを、専門領域のなかで自然に使っている人は意外に多いものです。
専門の仕事に深く集中しているときには、対象の本質や完成形を立体的に捉えられるのに、その領域を離れると特別なものは視えない——そのような人たちもいらっしゃるのです。






















