長野方面へ出張へ向かうなら、このタイミングで善光寺の御開帳へ詣らねばと、ほぼ思い付きで向かいました。
東京はすでに桜が散り新緑の若葉の候ですが、北に向かえば春が目醒めたばかりの季節で、とても美しい春を見聞きすることができました。
個人的に仏教には全く明るくありませんので、7年の一度のイベント!に出向く勢いです。
ちなみに、コロナ禍の影響で延期になり、令和4年は8年ぶりの御開帳になるそうです。
今更ながら「一生に一度は参れ善光寺」の日でした。
東京駅から長野駅まで、新幹線かがやきで81分(「あさま」だと1時間40分少々かかる)。
降り立った瞬間、空気が違う!良い空気だと自然に呼吸が深くなるものですね。
(その後訪れた戸隠方面はさらに新鮮空気でした)
長野駅から善光寺まで2Km。徒歩20-30分。楽しい表参道なので歩く気満々。
長野オリンピックの地であったことを思い出しました(1998年2月)。
駅から「大門交差点」までも感じの良いお店が並び、交差点手前に「大門ぱてぃお」の一角。
長野といえば・・・おやき
縄文焼きのおやきで知られる「小川の庄」さん。
朝早すぎて、炉端焼きはまだやっていませんでしたが、本店では縄文式住居を彷彿とする佇まいのお店で、手作り体験も可能です。
七味で有名な八幡屋礒五郎の本店。店の前に七味ベンチ。店内は七味博物館のように、さまざまなブレンディングの七味がラインナップ。「善光寺ご開帳」バージョンの紫缶も。
辛味道には心もとないのですが・・・入店した手前、とりあえば「どこでも七味」を買ったところ、翌日から七味ワールドにハマってしまいました。
・七味・ゆず七味・七味ガラム・マサラ・拉麺七味(ラーメンしちみ)・焙煎一味・BIRD EYE
この調合を考えられたお方は、七味界の天才だと思いました(笑)
つい七味に話が寄り道しましたが、表参道だけをゆっくり巡ってもかなり楽しめます。
素通りできない佇まいの藤屋御本棟。錚々たる歴史的なエピソードに溢れています。遡ること、江戸時代・参勤交代の宿泊旅館として発祥し、明治、大正、近代にかけて、歴史上の人物ゆかりの”御本陳”のようです。
なんでも、ご当地の方がこちらでの結婚式に憧れるとか。←youtube情報(笑)
そうこうするうちに、善光寺の入り口
恒例の御開帳は2ヶ月程ですが、今年はコロナ市況を考慮し、約3ヶ月に延長されているようです。
私は御朱印は集めておりませんが、御開帳期間限定の記念の特別版御朱印が用意されていますね。
後から授与品所(神社でいう社務所のような)を通ったのですが、10人体制でお寺の方が御朱印を書いておられる、とのことでした。
この辺りの参道の両脇には、幾つもの宿坊が立ち並んでいます。その昔、宿坊の客引きで揉めることがあり(かつての歌舞伎町か?!)、旅人の訪れた地域によって宿坊が決められていたとか。
江戸時代の旅人が数多く訪れたことは、後から「山門」に登った時わかりました。(後述)
案内看板から、すぐ目前には、
仁王門、といえば両側には・・・・仁王様
「あ・うん」の呼吸と言いますが口を開けておられる仁王様は「あ」のお口。
「うん」
昔は火事・大火が多いですね。善光寺さんは記録に残る限りでも、11回の火事に遭い、再建され続けています。
平家物語にも登場するほど(平家の凋落を象徴するよう)よく焼けて・・・復興するたびに、本堂が大きく立派になることから「善光寺の焼け太り」と言われるらしいですが、凄まじき復活パワーです。
仁王門をくぐると、正面に見える「山門」まで門前の「仲見世」通りが続きます。
ちなみにこの日は日中暑くなり、右端に小さく見える「みそソフトクリーム」を帰りに食べました。クリーミーで味噌風味の塩味が歩き続けた体の疲労回復になりました。
食べ物、工芸品、ご当地名物などなど、特にお蕎麦屋は多いですね。
前方左に「たきや」さんを発見!
30分近く歩くと、善光寺に行き着くまで補食が・・・・
焼きではなく、定番の蒸しおやきですが安心の味わい!店先で蕎麦茶もサービスで出してくださいます。
お店で手作りしており、初めて食べても“懐かしい味”のひと時になりました。
「牛に引かれて善光寺」の物語も書かれています。
映っていませんが、消毒液スタンドがあちらこちらにあり、牛さんを撫でる前後にマストとなります。
「仲見世」通りをキョロキョロし、おやきタイムもありながら、正面には「山門」が見えていました。江戸時代( 1750年)に建立され、国の重要文化財です。高さ、間口とも約20メートルの佇まいです。
参拝券(いろいろ巡れるお得な参拝券は1,200円でした)を使って、後から2階に登りました(登楼参拝)。後述しますが、こちらからの景観、通称「智慧の門」のエネルギーとも愉しかったです。
「鳩」が5羽隠れています。(善光寺の文字の中に)
さらに牛のお顔にも見えるようですが、おわかりですかね(^^)
(
「山門」をくぐるとすぐに「回向柱」(えこうばしら)です。
観光情報やニュースで見かける方も多いと思います。ゴールデンウィークや休日は長蛇の列になる時間帯がありそうです。前に数人の方がおられるだけで、3分ほどで「回向柱」に触れることができました。
はい、こちらにも消毒スタンドがあり、さらに、今回のご開帳では、「回向柱」に『抗ウィルス効果のある光触媒コーティングを施しました』とのこと!
柱の上に白い布が巻かれていますが、この布は本堂で「五色の色へ変わり、さらに金色となって、前立本尊の右手中指に繋がります」。
なんと、前立本尊に触れるのと同じ功徳があるとか。仏教には、このような伝承的なエピソードが多く、ある種のファンタジーを感じます。
正面しか撮れていませんが、「回向柱」の四面には梵字(インドーサンスクリットの表記に用いられた文字の総称)と漢文が書かれており、「宇宙の構成要素である空、風、火、水、地を意味する」とのことです。
意味を調べるために?購入。記念品の裏箱に詳しい解説あり。
「回向柱」の奥に、ご本堂。
↓ (後から「山門」の2階から撮影)
堂本堂は国宝で、堂内は写真撮影禁止なので、ここからは文字にて。
善光寺参拝の名物?「お戒壇(かいだん)巡り」を体験しました。
本堂向かって右側をとって奥に進むと入り口があり、階段を降りて、真っ暗な回廊を壁づたいに歩き進みます。なんでも、目的は、ご本尊の下にある「極楽の錠前」を探し触れると、ご本尊と結縁されて極楽往生が約束される・・・というもの。
しみじみ、昔の人々は(も?)厳しい現世を生きておられたのでしょうか…
ちなみに、実際には真っ暗ではなく、5mごとくらいに、足元に小さな点灯があります。また、他の参拝者がスマホの画面を見たりしておられますので(苦笑)。
他にも、ご本堂の「御印文(ごいんもん)頂戴」ルートでは、ご本尊と同じ閻浮壇金(えんぶだごん)でできている御印文を僧侶の方から、自分の頭に押し当ててもらう儀式が体験できます。
こちらも、「お戒壇巡り」と同様、極楽往生が約束される、と言われているそうです。
善光寺の売店(授与品所)でも、閻魔様のグッズ(御守など)が、達磨(だるま)様と同じくたくさん置かれています。
現世の人間としては極楽往生を目指すものですが、天国(極楽)と地獄の構図を、真理として表しているように感じました。
極楽と地獄は同じ世界にあるもの・・・ですね。
御本堂の中を見渡すと秀逸な芸術品を鑑賞することができました。
お得な参拝券で、「日本忠霊殿」「経蔵(きょうぞう)」「山門」「御本堂」と四箇所巡れます!
と、他にも観て回る前に、善光寺の敷地を巡っている間に、ふっと「戸隠神社」に行く方法はないものかと、神道に意識が向いておりますと・・・
なんと、善光寺の北側出口に、戸隠方面へ向かうバスがあることを発見。バスの時刻表を見ておこうと向かうと、ちょうど「アルピコ交通」戸隠線(バス)がやってきました!「戸隠中社」「戸隠奥社」へ向かうようです。
小一時間かかるようですから、詳しくはバスの車内で検索するとして、取り合えば1時間に1本の貴重なバスに乗り込みました。
バスは、何度かヘアピンカーブを曲がりながら山道をあがって進み、スマホの電池消費が激しくなっていきました(電波弱い〜)。
「戸隠神社」は五社ありまして、標高的にも神様ルール?的にも、奥社は最後にお参りするものですが・・・
※霊山・戸隠山の麓を中心に創建された二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社。 奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社から成り立っています。
「戸隠奥社」駅で下車。ただ、一般的な観光でも、「中社」のみ、「奥社」&「九頭竜社」のことが増えているそうです。吉永小百合さんの旅行CMの影響かも。
車が入れるのはここまでで、観光バスなどでもこの辺りの駐車場から歩くことになるようです。
ここから「奥社」への自然道が始まります。
道の脇には雪が寄せてあり、雪解け水の流れる音がチラチラと響いてきます。ウォーキング、トレッキングのような足元であれば、ゆっくり登れそうな道ですね。のどかに往来している方々がいます。
戸隠=戸隠そば が先に思い立ってしまい・・・腹ごしらファースト。「奥社前ーなおすけ」で、景色を眺めながら、辛味大根おろし蕎麦をいただきました!
長野駅を降りたときの空気から、一層洗練された山々と森からの新鮮な息吹を堪能しつつ、雪解け道で若干歩きにくいものの、それも楽しいウォーキングです。
小鳥たちの種類が多く、いろいろな鳴き声が響いてきます。
15分ほどで、随神門。
写真では広角で撮っても写し切れないのですが・・・
残雪が増えてきました。
実は、途中ですれ違った方々に伺ったら「雪崩で途中までしか行けないけど。沢が気持ち良かったですよ」との情報。
「奥宮」はシーズン前ですね。
手前に沢があり、勢いよく清水が流れていました。バス停前のトイレの水も、キンキンに冷たかったです。
というわけで、バス停に戻り、「中社」へ向かうバスに乗れました!「奥社」「中社」は、徒歩30分、車5分です。
「戸隠神社中社」 大鳥居の奥に少々長い階段を登ります。
大鳥居近くに「戸隠の三本杉」 樹齢800年の貫禄!
「中社」の御祭神は「天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)」。
天照大神が天の岩屋にお隠れになった際、お出ましになる方法を考えた知恵の神様ということです。そこから、学業や商売のご利益に結ぶついているのですね。
なんとなくですが、確かにお仕事・ビジネスに強そうなものを感じました。
さて、次のバスで善光寺(長野駅方面)へ戻るまで、徒歩で「神道(かんみち)」を通り「火之御子社」と「宝光社」参拝に向かうことに。
ルート的に下り坂です。「神道(かんみち)」は普通の民家が点在する明るい古道でした。
トレイル装備なら軽快に走れそうですが(笑)
春の花々が鮮やかで、なだらかなウォーキングと体力的に楽です。
「火之御子社」はとてもしっとり、ひっそりした佇まいで、なぜか?撮り忘れました。
お参りした際に、足をズンと地面に押されるような力強いものがありました。
なお、「火之御子社」は、『天岩戸の前で舞を舞った女神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)を祀る神社」とのこと。芸能関係の方も多くお参りされるそうです。
「火之御子社」から「宝光社」は、徒歩5分ほどです。
白木蓮(はくもくれん)が綺麗。
からの、カ・イ・ダ・ン(274段あるそうです)
一歩一歩登ることに集心すると登りきれます。息も切れます・・・
見下ろす方がちょっと怖いですが、実は階段のわきに女坂があり、なだらかな幅広階段ルートもありました。
明るい境内、拝殿の彫刻が見事でした。戸隠の五社の中で一番古く、安産・縁結び・家内安全のご利益という柔らかい感覚がありました。
登ってきた274階段を降りた高台から見下ろすと、バス通り。数分で長野駅行きのバスに乗ることができ、再び善光寺へ(参拝券が有効ですからー笑)。
バスの揺れで、他の乗客の方々も静かにうたた寝・・・
夕方には早い時間の善光寺参道は、人出が引けてやや落ち着いてきました。
朝、逃した「小川の庄」の焼きバージョンおやきを食して・・・
やはり香ばしいですね。
さて、「山門」の2階へ。
梯子のような細く急な階段を登っていきます。2階には、文殊菩薩騎獅(もんじゅぼさつきし)像が安置されていることから「智慧の門」として、受験生に人気があるそうです!
門前町の景観をパノラマで楽しめます!
高さ20mでも見晴らしが良いもの。長野市街が見えます。
御本堂が小さく見えます。
「山門」の内部には、たくさんの落書き!があり。これは江戸時代に訪れた旅人の方々が書き連ねたとのこと。現代人より文字が美しい墨字です。
係の方の話では、当時の人は、擦った墨(墨汁)の入った小さい壺のついた筆を携帯していた、とのこと。その場で墨を摺っていたわけではないそうです。
最後の拝観は「経蔵(きょうぞう)」
こちらも重要文化財に指定されています。
五間四方宝形造(ごかんしほうほうぎょう)で、内部にはなんと6771巻の「鉄眼黄檗版一切経(てつがんおうばくばんいっさいきょう)を収めた八角形の「輪蔵」がありました。
これは5トンの重さがあるとのことで、他の参拝の方々と一緒に回させてもらうことができました。
「輪蔵」を一回転させると、『中の一切経を全て読んだのと同じ功徳が得られる』と言われていますが。
ホンマでっか!なエピソードが満載です。 笑
それにしても、行き当たりばったりの気ままな足跡ですが、信濃の春、善光寺から戸隠の景観を満喫する愉しい一日旅でした。(ご縁あって徒然コラムにお付き合いいただき、ありがとうございました 拝♪)
(* 「善光寺御開帳参拝のしおり」より引用させていただきました)