マトリックスとは、もともと「母体」「基盤」「子宮」を意味する言葉ですが、分野によってさまざまな意味を持ちます。
数学では「行列」、生物学では「細胞と細胞の間を埋める基質」や「型となる構造」を指します。
このコラムでお話しする仮想世界とは、一昔前の映画『マトリックス』(キアヌ・リーブス主演)のなかに出てくるような、精巧に創られた仮想世界を示す意味として使わせていただきます。
精神宇宙や多次元世界の文脈でも、「マトリックス」という言葉を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。
みなさまは、どのようなイメージをお持ちでしょうか。
この現実そのものが、そもそも創られた世界であり、私たちが何らかのプログラムをもとに存在している——そのような認識を持たれたことはあるでしょうか。
人生を達観したときや、意識や存在の本質を問うような話、映画、物語に触れたときには、なんとなくわかるような気がするかもしれません。
創られた現実に生きているとしても、それを変えることができないのであれば受け入れるしかないと思う人もいるでしょう。
一方で、変えられるものなら変えてみたい、と思う人もいるかもしれません。
いずれにしても、母体や基盤となるほどのものは、その分野における世界を固定し、確立する力を持っています。
人生観や死生観とまで言わないまでも、私たちがマトリックスのような仮想世界のなかで生きているとき、日常ではどのようなことが起こりやすいのでしょうか。
その前に、少し前提からお話しします。
まず、マトリックスは非常にリアリティがあり、精巧に創られているため、それが仮想の世界であるとはなかなか気がつきません。
夜に見ている夢の多くがそうであるように、夢のなかにいるときには、それが夢なのかどうかさえ気に留めないことがあります。
ときには「これは夢だ」とわかっているような感覚で見る夢もありますが、多くの場合、その世界のなかで起きていることを、そのまま現実として体験しています。
そのため、仮想世界のなかで生きているときには、その世界のルールに沿って生きていくことが自然になります。
仮想世界のなかで生きているとき、人は、周りの反応や意見を通して、自分自身を生きるようになります。
周りの反応や意見とは、身近でインパクトのある人物、世相、情報、環境など、さまざまです。
これらの反応や意見は、必ずしも自分自身に直接向けられたものではありません。
最初は、自分の意見や感じ方とのギャップに気がつき、主張を通そうとしたり、逆に周囲との違いについて考えたりします。
しかし、そのうち無自覚のうちに、それらが自分自身に向けられているものだと信じるようになります。
すると、仮想世界のなかで「ちゃんと生きていかなければ不安になる」「うまくやっていかなければならない」という考えが強まっていきます。
仮想世界のなかでは、同じような人たち、同じ環境、似たような態度や行動が繰り返されることが多いため、その世界はさらに強化されていきます。
長くその仮想世界にいると、だんだん自分が傷ついていたり、弱い立場に置かれていたりするように感じていきます。
仮想世界のなかにいながら、自分の立場や状況、過去などを“理性的”に判断してみると、不遇な立場、つらい状況、緊張感があり、こわくなるような相関関係のなかにいるように思えてきます。
そこから動きたい、変わりたいと思っていても、夢のなかで思うように体が動かないように、思考や行動がうまく続かないことがあります。
ふっと仮想世界から抜け出して、考えをまとめ、行動に起こし始めたとしても、何かのはずみで元のマトリックスに戻ると、自分の判断や行動に自信が持てなくなるようです。
そのときマインドは、「自信とは、何かがうまくいくことを保証してくれるもの」だと考えます。
しかし、このとき必要な自信とは、未来の成功を保証する確信ではありません。
自分自身によるリアリティ、つまり、自分の現実を生きる力なのだと思います。
みなさまも、ある程度自信があるときは、根拠のない自信があったり、自分でリアルな一歩を進めていたりすることが多いのではないでしょうか。
ここでお話ししたいのは、何か秘められた真実を明かすことでも、マトリックスについての大きな謎を解くことでもありません。また、マトリックスに対してどのように生きていけばよいのか、という壮大なテーマを扱うものでもありません。
ただ、自分が仮想現実のようなものにハマっていることに気づくだけで、そこから案外やすやすと解放されていくことがあります。
なお、自分がある仮想世界のなかに生きているときには、そのなかで関わる物事や、知り得る情報もまた、そのマトリックスのなかで成立しています。
この観点から見ると、結局私たちは、何らかの仮想世界のなかで生きている存在なのかもしれません。
また、複数の仮想世界を持っている方も少なくないでしょう。
あるセッションで、Aさんは、組織全体が疲弊しているなか、限られた社員だけの部署で働き、直属の上司の話を長く聞いてきたとおっしゃいました。
休みを取ろうか、転職をしようかと、積極的に問題を打破しようと努力しながらも、とても不安だと話されていました。
その上司や、上司を通して見える組織の状態、業界の展望が、ご自身のプライベートや将来までも取り込んでしまうような、ひとつの仮想世界を作っていたのかもしれません。
長い時間を職場で過ごし、休日にもそのことを考え続けていると、平均的なメンタルの状態であっても、意外なほど、作られた世界に閉じ込められてしまうことがあります。
仮想世界やマトリックスと聞くと、どこか壮大な印象を受けます。
しかし、悩みや将来への不安、危機感を抱えている多くの方が、ご自分の身近な仮想世界のなかに生きていて、それがあたかもすべてであるかのような認識を、いつの間にか抱いていることがあります。
なぜか何年も同じ状態でしんどい。
特定の悩みを強く抱え続けている。
そのようなときには、少なからず影響力の強い仮想世界のなかに生きていて、そのマトリックスの構造に気づくことが、解放の糸口になるでしょう。
糸口とは、些細なものに思えるかもしれません。
しかし、されど糸口なのです。






















